理事長コラムPRESIDENT COLUMN

2019年5月29日

第十弾 その一歩を踏み出す時 心(脳)は踊る

ストレス。

簡単に言うと「摩擦による不快」とでも言いましょうか。

 

現代社会はストレス社会なんてよく表現されますが

昔だってそうそう現代と変わらないはずなんですよね。

人間が作り出した社会なんて言う仕組みは

まだ100年ぐらいしか経っていないんですから。

 

大げさだなあって

いつも思います。

 

新橋のおじさんたちが

「俺たちの新人の時なんてパワハラしかなかった」

「仕事は耐え忍ぶものだって教わった」

等々の発言が報道され

 

「いやいや。化石の発言だ」とか

「時代遅れだよ」とか

 

一個人の見解が簡単に世の中に出回るようになったからこそ

なんだか厄介な世の中になってきているだけで

時代を語れるほど

その人間たちにキャリアや考察があるとは思えません。

 

だから

変わってないんですよ。

基本的には。

 

人間にかかってくるストレスも

そうそう変わってないはず。

でも

便利になったことによる

無駄なストレスはあるかもしれませんね。

 

では

何故おじさんたちは耐えられて

今の若者は耐えられないのか。

 

こんな仕事を15年もやっているので

そろそろ

15年前と現在とのエビデンスを語れるようになっているかなとも

思っています。

 

某もおじさんなので

なんとなく

 

「パワハラをパワハラと認識しなかった」

もしくは

「そこまでのものとは思っていなかった」質です。

 

それでも

心を病む教師はそうそういなかったし

子どもたちの心因性参加不全も

これほど普遍的ではなかったと思います。

 

じゃあ何か違うのか。

 

ストレスを感じるそもそもの源を考えると

よくわかる気がします。

 

我々人間は数億個の細胞の集合体にすぎません。

その細胞一つ一つは

それぞれの役割を果たすと共に

 

「昨日より今日。今日より明日へ」

本能的に「進化成長」を求めます。

進化成長には間違いなく自らへの「負荷」が必要です。

 

負荷に関してはおのずと「反射」があるので

 

「痛み」だとか「苦しみ」だとか

体に起こる反応だけでなく

記憶として強烈に残っていくわけです。

 

だから故に

一念発起で始めた筋トレの翌日。

猛烈な筋肉痛に襲われると

筋肉や細胞は喜んでいるのに

記憶はそれを「不快」として認識していくわけです。

 

不快が成長を止める。

簡単に言うとそういうことが我々の体の中で起こります。

 

しかし

細胞単位では「もっともっと負荷を」を求める。

でも

記憶としての不快がそれを拒否するわけです。

 

となると

細胞的には「成長したいのにブレーキを掛けられている」

というストレスが生まれているわけです。

 

しんどいんだけど

運動したり

片づけをしたり

仕事を終わらせたり

後回しにしていたことをやり遂げると

 

間違いなくいい気分になりますよね?

気分とは細胞の「快」の状態から二次的に生み出されるものなので

当然と言えば当然なんです。

 

現状維持や

目標も立てずにだらだら生活するのは

何の負荷もかからないので

「楽ちん」には感じるかもしれませんが

細胞単位では

山の下り道で

急ブレーキをかけ続けられている

車のタイヤのようなもんなんです。

 

何もしていないのに疲労感がとれない。

一日中うちでゴロゴロしていたのに気分がすぐれない。

 

当然なんです。

我々人間は常に進化成長を求める細胞の集合体なので

それに準じた生活をしないと

猛烈なストレスが生まれているってことなんです。

 

目標設定をして達成すると幸せになる

 

なんてことが

自己啓発系のセミナーで謳われたりしてますが

実は

それも

この我々全員が持ち合わせている

本能的仕組みを利用しているだけに過ぎません。

 

目標持ちましょう!

夢を持ちましょう!!

 

時にこの言葉自体がストレスになる人もいると思います。

 

~しなければならない

 

ことには人間ストレスを感じますからね。

 

そうではなくて

どんなことでも構わないんです。

 

知らなかったことを知ること。=学習

やったことのないことをしてみる。=経験

 

これすべて

細胞単位では「進化成長」に欠かせないことなんです。

 

人間社会における仕組みとして考えると

勉強も新しいことへの挑戦も

その次のためのものとして

重く受け止めがちですが

 

現時点でのストレス回避に必要なものだと考えると

勉強やトレーニングも

細胞へのアプローチになるし

自分の体とのコミュニケーションに繋がっていくのです。

 

ストレスってのは

悪いものではありません。

ないと

滑って転ぶし

崖の手前で止まれないってことになります。

 

しかし

何もしないことで生まれているストレスが

一番恐ろしいものだってことを

我々は知る必要があると思うのです。

 

新しい第一歩を踏み出すには

なんとなく

大きなストレスがかかっているように思えますが

その一歩を踏み出せば

とんでもないおつりが

体にも心(脳)にも返ってくることをお伝えいたします。

 

戦時中。

世界中の人々が感じていた

「今。命を奪われるかもしれない」という

とんでもないストレスに比べれば

 

現代社会はさほどストレス社会だとは思わないんですけどね。

 

だからこそ

そうではない今に感謝して

明日が来ることに感謝して

 

日々を生きていく必要があるんだと思うのです。

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