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第一弾 子育て 「親子の愛情の糸を切るのは親である」

沖縄に月一来るようになって三年半になる。

 

その理由については
後述するとして
この島で起きている「事実」は
やがてこの国を覆う「闇」になる危険性があることは
確かだと思う。

 

雪が降らないこの島にも
悲しみに震える白い想いは降っている。

 

氷の貼らないこの島にも
苦しみに小さな心は凍っている。

 

この島には
孤立し悲しんで生きている人がいる。
そして
それを吐露できず
我慢し続けている多くの子どもたちがいる。

 

某に何ができるわけではない。
ただ
その悲しみや苦しみと
出会うこと。
その悲しみや苦しみを
見つけてあげること。

 

それだけならできる。
だから助けることもできなければ
導いて差し上げることもできない。

 

それでも出会った人は
「ありがとう」と言ってくれる。
その言葉だけを頼りにこの島に通い続けているのだ。

 

沖縄のママたちは現役を貫く。
母としての現役
そして
女性としての現役。

 

この部屋では
シングルマザーが8割を超える中。
そんなママたちの話を聞くのが
それがしの勉強になる。

 

人それぞれ
結婚観も恋愛観も違う。
違っていい。

 

「こうあらねばならない」なんて
ちゃんちゃらおかしい。

 

将来を誓いあった二人でも
その終わりが来ることは
ある意味自然である可能性が高い。
だってもともと
赤の他人だもの。

 

でも
自然ではないと
誰に言われたことなのかも分からず
盲信している人々の方が圧倒的に多い。

 

この部屋にいると
確実に
離婚を経験している方が多いので
続いている方がマイノリティーになる。
それがしなんぞ
独身だと思われているし(指輪をしたことがないからか)
離婚経験者だと思われているし(影があるって言われた)
よく続いているねえなんて同情?される。
圧倒的に
ママたちの方がマジョリティー。(笑)

 

今日のママたちの言葉で
印象に残っている言葉ある。

 

「幸せになりたい。子どもたちを幸せにしたい。
でも
この人だったら幸せにしてくれると思う人を
本当に愛することはないんだよね。」

 

人を好きになる時に
理由なんてない。

 

もっと乱暴に言うと

 

分別を考えた想いなど愛情とは言えないのかもしれない。

 

生き物の中で
それなりの「心」を
授かっている人間ではあるが
DNAのアンテナに逆らう事など
絶対にありえないと思うのだ。

 

バツ5。
ただただ平服する。
離婚の回数ではない。
そののちに
再婚するだけのプロセスとパワーに
感心せざるを得ない。

 

そして
過去を語るとき。
そのママはケタケタ笑う。
そして
そのママを見ながら
チビがケタケタ笑う。

 

家庭のことだから
本当の真意はわからないし
子どもたちは選べないから
そうとう傷ついてはいるはずだ。
でも
その笑顔を見たときに
こちらが抱いている「同情的」感情など

 

「圧倒的に飛び越えて生きている」

 

のではないかと思うのだ。

 

結婚は判断力の欠如であり
離婚は忍耐力の欠如
そして
再婚は記憶力の欠如である

 

らしい。

 

一度の人生だから
自分の好きなように生きればいい。
思いっきり人を好きになればいいし
思いっきり傷ついて泣けばいい。
そんで
また誰かを好きになればいい。

 

何度離婚しようと
何度再婚しようと
その人間の自由だ。

 

願わくば
どんな状況になろうと
「選べない子どもたち」を
思いっきり愛し続けて欲しい。

 

そうであれば
子どもたちの心は
そうそう歪まない。

 

親子に生まれた愛情を
子どもの方から切ることは決してあり得ない。

 

切れることがあるとすれば
それは間違いなく
親の方からその「糸」にハサミを入れる。

 

子育てにセオリーなんてないし
教科書だって存在しない。

 

子どもが5歳ならば
ママだって「母親5歳」。

 

5歳にできることを考えれば
5歳にしかできないことが見えてくるはずだ。

 

あの瞬間。
目の前に現れた
命がけで生んで
命がけで生まれてきた「親子」という塊の誕生に

 

どんなときでも
立ち返ることが出来れば。

 

親子も子どもも
間違いなく幸せになれるのではないだろうか。

 

難しくなんてない。
凄くシンプルで明快ことなんだって
あの島の親子は教えてくれるのだ。

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